6. 茨城県つくば市上郷「谷口農園」

谷口能彦さん(アスパラガス農家)が語る、 農家のリアルと、若者へのメッセージと、「食」への思い

大手ビール会社を脱サラし農業を始めた谷口さん。農業をする上で大事なことだけでなく、谷口さんが持っている信念や軸、また若者に対するメッセージも聞いていきました! (聞き手/取材班・野田健祐)

人物紹介

谷口たにぐち能彦よしひこさん(谷口農園経営者)

茨城県日立市出身、筑波大学卒で、サッポロビール株式会社に入社しワイン戦略部(当時)に勤めていた。2013年に退社後1年間の農業研修を経て、つくば谷口農園を立ち上げる。お酒に合う野菜を作ることをコンセプトに野菜を栽培。野菜の味をより良くするため、天然の原料による自家製肥料を使い、ミネラル分の多い土づくりをしている。

取材班

大学生時代から農家になりたいとは思っていましたか?

谷口さん

大学に入った時は自分が農家になるなんて全く思っていませんでした。生物が好きだったので筑波大学の生物資源学類に入ったのですが、3年生になって研究室で有機野菜の土壌の研究をしていた時に石田農園(つくば市上郷)に行き、「こんなにうまい野菜があるのか」と驚きましたね。その頃から「いつかは農業をやってみたい」と思い始めました。

取材班

大学を卒業後、大手のサッポロビール株式会社に入ったのですよね。その会社を辞めて農業を始める時、周囲の反応はいかがでしたか?

谷口さん

親にも驚かれ、会社の同期にも驚かれました。サラリーマン時代の方が給料も待遇も充実していたので「良い就職先に就いたのに、なんでわざわざ不安定な所に行くんだろう?」と驚かれましたね。

取材班

ではなぜ農家になったのですか?

谷口さん

東日本大震災の出来事が大きかったですね。そこで「人生はいつどうなるか分からない」「やりたいと思っていたこと今をやろう」と思い、やりたいと思っていた農業を始めました。
それと、会社でやりたいことはだいたい叶っていたというのもありましたね。海外との仕事もさせて頂きましたし、自分が配属されたワインの部署は人が少なかったからいろいろ経験させてもらえたんです。
その他にも、貯金ができたのと、また震災などいざという時に茨城の親戚の近くにいたかったというのもありますね。
いろいろ準備を整えて、農業は体力勝負だし若いうちに始めようと思って脱サラして農業を始めました。

取材班

なるほど、しっかり準備を整えて農家への道をスタートしたのですね。そこで、谷口さんはまずはじめに自己分析から始められたそうですね。

谷口さん

私は自己分析が一番重要な部分だと思います。「自分はこうだから農業をやりたい」という理由がはっきりしていれば、迷うこともなく、基準に立ち返ることができますから。
私の場合はお酒が好きで、食べ合わせがお酒の楽しみということもあり、「お酒と合う野菜を作りたい」という理由から農業を始めました。野菜づくりにおいては「自分の晩酌に出して納得がいくもの」という基準に立ち返っています。

取材班

ありがとうございます。ところで、谷口さんはアスパラ生産を半分独学でされたそうですね。農業で独学というのはあまり聞いたことがありませんが、どういう独学をされたのですか?

谷口さん

最初の3年間は「見る」ことを一番大事にしていました。とにかくぼーっとでもいいから「何が起こっているんだろう?」と考えながら見る。すると「この病気はこの虫が原因だったのか!」「この本に載っていたのはこういうことだったのか!」と分かるようになり、それの積み重ねのおかげで野菜を作っていけるようになりました。
まず見て、考えて、その後行動して、その結果どうなったのかまた見て、それは畑に限らず、販売をする時にも「なぜ売れなかったのかな?なぜ売れたのかな?」と常に疑問に思いながらやっています。

取材班

「見る」ことを大事にされていたのですね。ところで話は変わりますが、就農して約7割の人が資金確保、農地確保に苦労するとのことですが、谷口さんはどうでしたか?

谷口さん

自分の場合、農地については特に苦労はありませんでした。脱サラしてすぐ就農したのではなく、1年間石田農園で研修していたのですが、あと2か月で就農となり、どこか土地ないかなと思ってたら近所の農家さんが土地を貸してくださったんです。日頃から農業に真面目に取り組むことと、いついつ独立するから土地が欲しいと自然と人に話しておくと、そのような話が降ってくるのだと思います。
お金はサラリーマン時代の1,000万円の貯金があったのと、青年等就農給付金(今でいう次世代人材投資基金)を使いました。それを使うと開始5年間は最大で年間150万(開始1~3年は年間最大150万円、開始4~5年は年間最大120万円を定額交付)お金を給付してもらえるので設備投資に費やしました。結局自分は自己資金があったのであまりお金を借りませんでしたね。借り入れは少ない方だと思います。

取材班

そのようにして準備を整えても、農業をスタートしてイメージとのギャップなどはありましたか?

谷口さん

ギャップありまくりです。農業は1つでも歯車が狂うとダメになるんですね。台風で路地のアスパラの設備をすべてやられたり、それが原因で病害虫も発生したり、たった1つの出来事ですべて崩れることもあるので、思い通りにならないことばかりです。農業は難しいですよ。

取材班

農業を始めて技術、作物、販売先等が定着し安定するまで5年かかったとのことでしたが、その間不安はありましたか?

谷口さん

ありました。「台風がきたらどうしよう…」「売り先がなくなったらどうしよう…」とか。でも、自分は野菜つくりにおいて「品質を維持する」のは大事にやっていたので、ありがたいことにだんだん「ここのアスパラおいしい!」と広がっていきましたね。ちゃんとつくって、ちゃんと売るべきところに売ったらお金になることを実感し、だんだん不安がなくなっていきました。でも基本的に常に不安は尽きません。サラリーマン時代もそうですし、今でもそうです。どこにいたって不安はあります。

取材班

今、売り先はどのような状態ですか?

谷口さん

個人:店や八百屋:直売所がちょうど1:1:1ですね。売り先が分散しているので、どこか1つがなくなっても、他の売り先を広げることができます。売り先が分散している分、それだけやりとりもしないといけないので大変ですが。

取材班

話を聞いていると、販売の仕方など、サラリーマン時代の経験が活きているように思います。

谷口さん

サラリーマン時代だけでなく、小中高大の経験も含め、すべての経験が活きてここにいるように思います。「食べることが好き」から始まり、そして食べるならちゃんとしたものを作りたいし、お酒を好きになったのも、大学時代に土のことを勉強したのも、サラリーマン時代に食べ合わせを研究したのもいい経験ですね。

取材班

まるで人生の総決算のようですね。

谷口さん

というより常に総決算なんじゃないかなという気はします。サラリーマンでも農家でも、どこに行っても活きない経験はないし、むしろ活かさないともったいないと思いますね。

取材班

谷口さんが若者向けに伝えたいことが何かあればお願いします。

谷口さん

たくさん勉強して、たくさん遊んでください。それが社会に出る前の準備になります。社会に出たらその環境に合わせていく必要があるから、それはその時でいいです。逆に大学の中でしか得られない経験がたくさんあるはずです。
私は他の大学生がやらないようなこと、「面白い、やってみよう」と思ったことは積極的にやりました。遊んでもいたし、その遊びの中で学んでもいた。だから「たくさん学んでたくさん遊んでください。」かな。結局それが最後に活きるから。
私がやったことで例えば、1か月間夏休みの間に映画撮影のボランティアをやったんです。ボランティアなのでお金ももらえない。でも映画の撮影現場を見るのはなかなかできないことじゃないですか。映画1本撮影するにしても準備がすごく大事で、段取りなどすべてが独特で面白かったですね。大学生でもなければ丸々1か月間映画の撮影現場に張り付くことなんてできないですから。
あとたくさんやっていたのが、友人たちとの飲み会。そこで食べる豊かさを育んだし、私が料理を作っていたので料理の経験を積むこともできました。
それら遊びの1つ1つが血となり肉となり、それが今でも活きているなとすごく思います。もちろん何が最後自分に活きてくるか分からないけど、経験を積んでないことには何も活かせないので、今できることをやって下さい。

取材班

ありがとうございます。では今後の夢や目標があれば教えてください。

谷口さん

これまでは野菜を作って売ることが精いっぱいでした。でも一番本当にやりたいことは食べ合わせを人に勧めて、それがその人に定着してくれたら嬉しいと思います。「この野菜はこう料理してこのお酒と合わせるとおいしいですよ」と余計な一言を添えて野菜を売って、その人の「食べる」が豊かになれば嬉しいですね。

取材班

そうすれば食事がより一層楽しいものになりそうですね。

谷口さん

そうですね。自分の大学生の先輩が言っていたことが印象に残っているのですが、人間は1日3食を食べるとすると1年で約1,000食、人生80年とすると8万食になるらしいんです。僕はこれとても少ないと思います。
まだ行ったこともないような世界で、食べたこともない食事がわんさか広がっているのに、胃袋が8万回しか食事を受け付けないというのはとても少ない。
だから1回1回の食事が楽しいものでありたい。ただ漠然と食べる食事よりも、たとえ忘れてもいいから「今まで食べてきた食事がうまいものだらけだったな」と思えれば幸せじゃないですか。
私もまだ食べたいものだらけですよ。ミシュランのあの店行きたいとか、アメリカに行ってアレ食べたいとか、そういうことをしたいっていうのもモチベーションの一つですね。

取材班

谷口さんの原動力は「食」なんですね。最後に、ワニナルプロジェクトでは「農業×クリエイティブ」で新規就農や農業を盛り上げていきたいと考えています。谷口さんは「クリエイティブ」と聞いたときどんなイメージを持ちますか?

谷口さん

農業にいると聞かない言葉ですね。創意工夫ということであれば、畑においては改善をしていく、見たことを反映していく、「品質が良い野菜がたくさんできてほしい」を形にしていくことかな。
私は自分の持つお酒の知識が、食べ合わせのうち、うまいと思ったものを人に伝えて、その人が「これはうまい!」「これは知らなかった!」と思ってもらえること。自分のやった行動、伝えたことによって人が少しでも変わること。それが私にとってクリエイティブなのかもしれないですね。

貴重なお話をありがとうございました! 様々な経験を積まれた谷口さんだからこそ、農業に限らず、学生生活や社会人生活を過ごしていく上でも大事な事をたくさん学ばせて頂きました!

ファームプロダクツファイル

①作っている代表作物

●アスパラガス

おいしい食べ方は天ぷら。春はアルザスのリースリングに合わせて、夏はグリルや茹で、お浸しもおすすめ。

●枝豆

シンプルに茹でて食べるのがおすすめ。食味の良い品種を選んで作っている。

●落花生、そら豆

●赤カブ

漬物やピクルスにするとおいしい。日本酒と合うとのこと。

●玉ねぎ

貯蔵向けの固い玉ねぎだけでなく、柔らかくて甘い品種も作っている。

●人参

夏のアスパラガス

②作り方

●アスパラガス

4月の頭から10月の頭まで毎日収穫。

●枝豆

種まきを3月の終わりから始め、2か月間ほど収穫を続けられるよう植える時期を分散する。

●玉ねぎ

1万4千本を手作業で植え、収穫する。貯蔵がきくのが玉ねぎの利点。1度に沢山できると収穫が大変なので時期をうまくずらすことがポイント。

春のアスパラガス畑
玉ねぎの定植作業

③その他

●サラリーマン時代の経験

時には1日3軒、年に300軒食べ歩いていた時期もあったそう。この経験によりおいしい野菜の料理や食べ合わせを知るようになった。サラリーマン時代の財産だという。

●コロナの影響

取り引きがなくなったお店もあったが、個人のお客さんの売り上げが上がった。でも本当は業務用で売って、面白い料理人さんと知り合い、持っているアスパラの使い方や新しい調理法を教えてもらいたいとのこと。

●野菜づくりにおいて大事なこと

土と、野菜の育つ環境を整えてあげるのが大事。土はもちろん、日あたり、水はけ、灌水方法など。
野菜は結局自分が食べたくなると作ってみるので、いろんな種類の野菜を作ってしまう。土の作り方を覚えると大体おいしいものができてしまうらしい。「もちろん、これだけの人が欲しがるだろうという予測をもとに売り上げ計画を立てていますよ」とのこと。

この記事を書いた人

野田 健祐 NODA KENSUKE

筑波大学 理工学群所属の大学生。SDGsの勉強をきっかけにさまざまな分野の社会問題に興味を持つ。そこで農業を通してSDGsに取り組むアオニサイファームと出会い、代表青木の持つ考え方や行動力に感動する。「もっと農起業された方々の話を聞きたい!」と思い、「ワニナルプロジェクト取材班」に参加。農業に関する具体的な情報に加え、農家の持つ信念や情熱も発信していきたい。