5. つくば市役所「経済部農業政策課」

【つくば市役所】猪圭さん(経済部農業政策課)の農業と街づくりへの思い

多様な研究機関と広大な農地を抱える可能性の街つくば。つくばの未来を本気で考え行動し続ける市役所職員の猪(いの)さんに、つくば市の現在と今後のビジョンを聞いてきました! (聞き手/取材班・横井沙衣子)

人物紹介

いのけいさん(つくば市役所職員)

幼いころからつくば市に住み筑波大学にて経営学を学ぶ。2007年に大学院を修了し、東京で民間のプロモーションを行う会社に就職。3年ほど経った頃、夕張市の財政破綻について知り、行政にも経営的な視点が必要だと気付く。地元つくば市で、自分の専門分野を活かしてやれることがあるのではないかと転職を決意。2011年につくば市役所に入庁後、2つの部門を回り現在は農業政策課で働いている。日々多くの業務を抱えつつ、“つくばを良い街にする”という思いに何度も立ち返りながら新しいことに挑戦し続けている。

取材班

つくば市役所に就職されるまでの経緯を教えてください。

猪さん

小学3年生からずっとつくば市に住んでいます。筑波大学で経営学を学び、東京の販売プロモーションを行うベンチャー企業に就職しました。当時は地域貢献よりも自分で組織を作って独立しようと考えていましたが、就職してから3年ほど経ったころに夕張市が財政破綻したというニュースを知りました。行政にも経営的な視点が必要であり、僕の専門分野を活かしてお手伝いができるんじゃないかと思いました。またつくばから東京に通勤していたのですが、つくばに帰ってくるたびに「空が広くて気持ち良いな。僕ってつくばが好きなんだな。」って感じていました。そういうのがきっかけでつくば市役所への転職を決意しましたね。

取材班

普段はどういった仕事をしているんですか?

猪さん

最近は地産地消の活動として飲食店に地元の食品を使ってもらい、農業者が安定した経営を行う支援したり、つくば市の新しい特産としてワイン作りに挑戦している農業者の支援のために、ワインのまちづくりをしています。さらに「スマート農業」の実証実験をやりたい企業と農業者を繋ぐということもやっています。

※スマート農業とは、ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する等を推進している新たな農業のこと(農林水産省HPより引用)

取材班

農業者や企業がやりやすいように取っ掛かりを作るというイメージですね。農業政策課についてもう少し詳しく知りたいので教えていただけますか?

猪さん

農業政策課には農地係・営農推進係・農業政策係の3つがあります。農地係は農地を誰かから誰かに渡す際の支援を行っています。営農推進係は作付面積による補助金や病害虫に対する農薬の補助など、普段の営農を続けていく上での支援をしています。僕がいる農業政策係では、政策的なことや新規就農者・認定新規就農者への支援をしています。

取材班

農業部門だけでも様々な部署があるのですね。猪さんが市役所で働いて感じたやりがいを教えてください。

猪さん

民間企業に勤めていた時は企業の利益を追求するため、場合によっては、本当に良いと思ったことより利益になる企画を優先させないといけないこともありましたが、行政では売上げは関係なく“良い街にするために何をしたら良いか”という視点で政策・企画を考えることができます。さらにやりたいことがあれば挑戦させてもらえるのでやりがいを感じますね。またつくばに住んでいると仕事が自分の生活にもつながるので、自分事のように仕事ができるのも嬉しいです。

取材班

公務員って決まった仕事だけやるイメージが強いのですが、自分から挑戦することもできるんですね。

猪さん

決まった仕事をやることも多いですけど、やる気があれば希望の部署に配置されるようになっています。なので、より良い街にしたいというモチベーションがある人にはやりがいがあると思います。ただ具体的に企画を実現するには根気も必要で、たまに疲れちゃうこともありますけどね。(笑)そんな時は子どもたちに良い街を残してあげたいという信念に立ち返ってやる気を出してます!

取材班

農業に関する制度はたくさんありますが、新規就農をしたいと思ったらまずどこに相談したら良いですか?

猪さん

各都道府県に「農業参入等支援センター」と「新規就農相談センター」という施設があります。特に新規就農相談センターが農業を始めたい人向けの総合的な窓口になります。ここで、どのような農業をやりたいのか伝えればそれに合った研修先や雇用農家を紹介してくれます。新規就農に向けた具体的な計画を立てていくのは、市役所や地域の普及センター単位で進めることになってます。

取材班

実際に相談に来る人は毎年何人くらいいますか?

猪さん

つくば市の窓口には毎年10~15人くらいですかね。ただ、農業は魅力的な職業の一つであるのは間違いないですが、かなりしっかりと計画的にやらないと上手くいかないんです。具体的な計画がなく、軽いノリで来た人を手厚くサポートしても、結果的に上手くいかなくてその人が不幸になってしまったら嫌じゃないですか。話しながらどの程度サポートするべきなのかを見極めないといけないので、そこは難しいところだと感じています。

取材班

そのためにも就農に向けて綿密な書類作成や、腰を据えた話し合いが必要なんですね。

猪さん

相談に来る人の中には補助金や交付金を当てにしてると思われる人も多いんですけど、個人事業主なので自分でリスクを抱えないといけません。新規就農の制度に関する手続きが色々あるのは、それを通して就農後にきちんとやっていけるよう考えてもらう為でもあります。

取材班

新規就農者の制度に応募して補助金を受けられる人数はどのくらいなんですか?

猪さん

つくば市では毎年3か〜5人くらいです。条件をきちんと満たして準備をすれば基本的に全員受けれると思いますけど、新規就農者全員がこの制度に当てはまるわけではありません。

取材班

新規就農者でも制度に当てはまらない人もいるんですね。

猪さん

実家を継ぐ場合や法人への就農という場合もあるので、つくば地域における新規就農者数は毎年およそ30〜50人くらいになると思います。

取材班

ちなみに申請が通りやすい作物ってあるんですか?

猪さん

比較的経営が安定しやすいのはネギですかね。ネギは値崩れが少なく出荷に困らないのでやりやすいようです。実はつくばのネギは料理人に評判が良いんですよ。また相談に来る人を見ると、メインの作物を決めて数品種に絞るタイプと少しずつ色んなものを作るタイプの2つに分かれますね。これもどんな農業をやりたいかによるのですが、売上げを上げたい人は品種を絞りスーパー等で契約販売を行うことが多いです。逆に作り方や品種にこだわっていたり、暮らせる分だけ作れれば良いという人だと多品種を少しずつ出荷することが多い印象です。

取材班

皆さん色んな農業をされてるんですね。つくば市の農業者は経済的には安定してる方ですか?

猪さん

売上げをとにかく上げることを目標にしてる人もいれば、そうでない人もいるので農業者によって全然違いますね。相談に来る新規就農者には、作物ごとの単収の試算を参考に作物や面積を決めてもらいます。というのも、新規就農の制度では5年後に250万円の所得を目指すという目標が定められているので、それを達成できるように計画を立てます。その後は認定農業者になるために所得580万円を目標にしていきますね。

取材班

収入面での目標があるんですね。つくば市の農業者は現在どういった売り先を持っているのですか?

猪さん

つくば市の農業基本計画を作る際に取ったアンケートによると、販売せずに自分の家で食べる分だけ生産している農業者が一番多かったですね。販売してる農業者を見ると、直売か農協を通して市場に出荷する人が多いようです。

取材班

ネット販売についてはどう思われますか?

猪さん

ネット販売に向くのは果物などの少し高価でも買いたいと思うような作物だと思います。普段必要な食品は近くのスーパーで買うことが多いですし、関心がない人にはあまり利用してもらえないですしね。あとは、ネット販売にすると出荷作業が増えて経営の負担になることもあります。利用することでプラスになる人もいれば負担になる人もいるので、一概に全員に勧めるのは違うなと思います。

取材班

農業者ごとに合ったやり方があるということですね!つくば市の農業の強み・課題は何だと思いますか?

猪さん

つくば市の強みは生産地と消費地が近いところです。つくば市は県内で農業者が一番多いけど非農業者の人も多く、ちゃんと買い手がいるので地産地消を推進しやすい街だと思います。課題は代表作物がないことですね。なんでも作れるから、なんとなくスーパーで安売りしてるものを買ってしまいやすいんです。あとは農業生産の担い手が減少して、使われなくなった農地が荒れていくことは大きな問題だと感じています。

取材班

農業に対するつくば市のビジョンを教えてください。

猪さん

つくば市では“多様な力がつながり実現する持続可能な農業”をスローガンに掲げています。これは生産者・消費者・企業など多様な力が繋がることで、持続していきやすい農業を目指すというイメージです。例えば農業政策課で新規就農者向けの「つくば市若手・担い手農業者交流サロン」というイベントを定期的に開き、農業者同士の繋がりを通して各自が抱える課題を解決する支援を行っています。このように繋がりによってつくばがもっと良い街になっていくんじゃないかと思っています。

取材班

猪さんがこれから挑戦したいことは何かありますか?

猪さん

僕は食による新しい街づくりをしたいです。食は誰にとっても関係があり、いくら経済が衰退しても残り続けるもの。食をキーワードにつくばという地域をブランド化できる道があると思います。食産業全体がこれからの日本の中心になり得る可能性を十分に持っているので、ここに挑戦していきたいです!

取材班

食産業には大きな可能性があるんですね!

取材班

青木さんと近藤さんで「ワニナルプロジェクト」をやっているのですが、これについてどんな印象を持たれていますか?

猪さん

市役所としても繋がることで課題を解決し持続可能な社会を作っていきたいと思っているので、農業者の方々が自主的に繋がりを作ろうとしてくださるのはありがたいです。行政主導だと受動的になってしまったり情報が行き届かなかったりと、けっこう難しいんですよね。農業者は個人事業主ってこともあり個々で動くことが多いので、農業者同士の繋がりができたら何か新しいものが生まれてくる気がします!

取材班

最後の質問ですが、ワニナルプロジェクトでは『農業 × クリエイティブ』で新規就農や農業を盛り上げていきたいと考えています。猪さんは『クリエイティブ』と聞いたときどんなイメージを持ちますか?

猪さん

情報発信においてクリエイティブはとても重要だと感じています。同じ情報でも表現の違いによって、押し付けの情報になるか自分から見たいと思って見る情報になるかという差が出ます。この受動的か能動的かの差って情報の吸収率に大きく影響すると思うんですよね。能動的に情報をキャッチしたいと思わせられるような力がクリエイティブなのかなと思います。

猪さんお忙しい中取材に応じて下さりありがとうございました。
つくば市の魅力や食の可能性についてたくさんの気づきを頂けた時間になりました!

インタビュー後につくば市が運営するウェブサイト「Farm to Table つくば」の編集部コラムにて、「ワニナルプロジェクト」、「アオニサイファーム取材班」の活動が紹介されました。そして継続的なコラボ企画として「アオニサイファーム取材班」のインタビュー記事を「Farm to Table つくば」の編集部コラムにてご紹介いただいております!

この記事を書いた人

横井 沙衣子 YOKOI SAEKO

茨城県内の大学に通う大学生。小学生のとき農家さんの家で食べたレタスが忘れられず、茨城で農学を学び始める。普段は原付にまたがり、田んぼや蓮田を見て癒されている。環境に優しい農業を研究しながら、「実際の農家の現状をもっと知りたい」と思い、「ワニナルプロジェクト取材班」に参加。自分たちの記事を読んで、色んな人が農業に興味を持ってもらいたいと願っている。